2010年09月15日

太平洋戦争時代の様々なウォーシップ(アメリカ戦艦ヴァージニア)

戦艦ヴァージニアは、1898年の米西戦争の戦訓を受け、初めて列強並みの排水量で建造されたアメリカ戦艦です。しかし戦訓に導かれて再び採用された2階建て砲塔は、失敗に終わりました。

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*米西戦争の影響

アメリカがスペインに一方的に勝利した米西戦争は、その後のアメリカ海軍の戦艦設計に大きな影響を与えました。太平洋を隔てたグアム、フィリピンにまで植民地を持つようになったアメリカは、従来のような沿岸型戦艦ではなく、太平洋全域で作戦行動ができる優れた航洋性能を持つ戦艦を必要とするようになりました。

これらを踏まえたうえ、米西戦争の戦訓を取り入れて設計されたのが、1899年度計画と1900年度計画で建造されたヴァージニア級5隻です。

ヴァージニア級戦艦の最大の特徴は、キアサージ級で失敗に終わった2階建て砲塔が再び採用されたことです。2階建て砲塔が復活したのは、米西戦争で低い位置の主砲より高い位置の20.3センチ副砲の方が有効だったためで、ヴァージニア級では20.3センチ副砲8門中4門が、主砲塔の上に載る2階建て砲塔として装備されました。

ヴァージニア級の砲塔は、キアサージ級よりも副砲を前の位置に据え、主砲に副砲の爆風がかからないように工夫されていました。また、太平洋全域が行動範囲となったことで、航洋性を向上させる必要から乾舷を高くし、さらに速力19ノットを発揮できるように機関出力を増大させました。

その結果、ヴァージニア級の排水量は、当時の列強各国の戦艦並みの14,948トンとなりました。大きさは列強レベルとなったヴァージニア級ですが、2階建ての砲塔が成功したとはいえませんでした。

なぜなら改良されたとはいえ、2階建て砲塔の照準の難しさや装填システムの複雑さ、一度に主砲と副砲が破壊される危険性といった問題は解決されていなかったからです。このため2階建て砲塔は、ヴァージニア級が最後となりました。

1906年5月7日に竣工したヴァージニアは、その年の12月にイギリスが、「ド級戦艦」という呼称を生んだドレッドノートを完成させたため、すぐに旧式艦となってしまいました。



*アメリカ戦艦初の世界周航

ヴァージニアは、1907年から約1年かけて行われたアメリカ戦艦部隊の世界周航に、主力艦として参加しました。この世界周航は、当時のセオドア・ルーズベルト大統領が、アメリカの威信を世界に知らしめるために、戦艦16隻からなる大艦隊で行ったものでした。

この時アメリカの戦艦は、全てが白く塗装されていたためグレイト・ホワイト・フリートと呼ばれました。ヴァージニアはコネチカット級に次ぐ新鋭艦として、第2分艦隊に所属していました。

1907年12月16日にアメリカ東海岸のハンプトン・ローズを出港した艦隊は、南米諸国を歴訪しながら南下し、マゼラン海峡経由で太平洋に向かいました。アメリカ海軍の大艦隊が太平洋に進出したのは、この時が初めてでした。

太平洋に出た艦隊は、サンフランシスコで若干編成を変え、ヴァージニアは第3分艦隊に所属を変更しています。ニュージーランド、オーストラリアに寄港したグレート・ホワイト・フリートは10月18日、最も威信を示したい相手である日本の横浜に寄港しました。

日本で連合艦隊の出迎えと市民の歓迎を受けた艦隊は、日米友好の演出と日本への威圧という目的を果たして25日に出港。インド洋から地中海を経由して大西洋に出た後、1909年2月22日に出発地であるハンプトン・ローズに帰還しています。

グレート・ホワイト・フリートの世界周航は、アメリカの国威を知らしめるという意味で成功を収めました。この世界周航後、ヴァージニアは1922年まで艦隊に所属した後、ワシントン海軍軍縮条約により除籍され、1923年9月5日に陸軍爆撃機の標的艦として沈められました。

グレート・ホワイト・フリートの世界周航は、ヴァージニアをはじめとするアメリカの前ド級戦艦にとって、最大の晴れ舞台となりました。ヴァージニア級の2階建て砲塔は成功しなかったものの、ここで得た経験は、アメリカ戦艦が主砲塔を前後にずらして重ねる背負い式配置を導入する際に役立ったのです。



*ヴァージニア(新造時)データ

常備排水量  14,948トン
全長     134.6メートル
最大幅    23.3メートル
機関出力   19,000馬力
最大速力   19ノット
航続距離   10ノット時3,825海里
主砲     30.5センチ連装砲2基4門
副砲     20.3センチ連装砲4基8門
       15.2センチ単装砲12基
対水雷艇砲  7.6センチ単装砲12基
       4.7センチ単装砲12基
魚雷発射管  53.3センチ発射管4門



*様々な艦船模型







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2010年08月28日

太平洋戦争時代の様々なウォーシップ「アメリカ戦艦キアサージ」

アメリカ海軍のキアサージ級戦艦は、小型の船体に最大の武装を装備するために主砲塔の上に副砲塔乗せた2階建て砲塔を採用しました。しかし小型の船体に強力な武装を可能にすると思われたこの設計は、実用的ではありませんでした。

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*小型重武装戦艦の要求

19世紀末のアメリカ海軍は、依然、航洋性の低い沿岸防御用の戦艦を建造していました。当時のアメリカ戦艦が、基本的に沿岸防御を任務とし、航洋性を重視していなかったことと、議会が海軍予算を抑えたことにより、それ以上の戦艦を建造することができなかったのです。

しかしアメリカ海軍は、他国の戦艦に負けない重武装と重防備の戦艦の必要に迫られていました。苦肉の策として考えられたのが、戦闘力があり、しかも安く建造できる戦艦として1895年度計画に入れられたキアサージ級2隻だったのです。


*2階建て砲塔

キアサージ級の最大の特徴は、33センチ主砲塔の上に、20.3センチ副砲塔が乗った2階建て砲塔です。2階建て砲塔が採用された理由は、副砲の数を減らしても舷側方向への火力を落とさないためでした。

この結果20.3センチ副砲がインディアナ級の連装4基8門から2基4門に減少したにもかかわらず、全てを中心線上に配置されたため、舷側方向に向けられる門数は同等の4門だったのです。キアサージ級は副砲の数を減らして空いたスペースに、15.2センチ砲14門を装備することができました。

装甲も従来の戦艦では主砲塔の間の水平部にしか張られていなかったものが艦首まで延長され、舷側上部にも張られるように改善されました。またキアサージ級は主砲塔の動力が電動式となった最初のアメリカ戦艦でもあったのです。

こうした特徴を持ってましたが、キアサージ級は従来と同じ速力の遅い沿岸防御用戦艦でした。しかも画期的な新機軸として導入した2階建て砲塔は、下部の33センチ主砲塔と上部の20.3センチ副砲塔が固定されていたため、同一方向にしか向けられず、主砲と副砲を別の目標に向けることができなかったのです。

また2階建て砲塔は主砲塔の中に副砲塔の揚弾頭が通っていたため、砲弾を砲塔まで上げる揚弾装置が複雑なものとなりました。この結果、主砲と副砲の発射速度が大幅に低下してしまいました。

しかも同一の目標に射程の異なる砲を向けるため、照準や弾着観測が困難になったうえ、主砲塔は副砲の爆風にさらされることになりました。さらに1発の命中弾で主砲と副砲が同時に破壊される危険もありました。

*クレーン船へ改造

戦艦の生命である主砲塔の設計が失敗であったにもかかわらず、キアサージの生涯は長いものでした。1900年2月20日に竣工したキアサージは、艦隊に編入されたものの平和な時代だったため、目立った行動はありませんでした。

砲塔の爆発事故を起こしたため1906年キューバ動乱に参加せず、1907年から1909年にかけて行われたアメリカ艦隊の世界周航に参加したのを除くと、ほとんど活動しなかったのです。そのままいけば1922年ワシントン海軍軍縮条約で解体されるはずだったキアサージでしたが、1920年に武装を撤去し250トンクレーン1基を乗せたクレーン船に改造されたのです。

クレーン船となったキアサージは重量物の吊り上げ能力を活かして新造艦の砲塔や装甲鈑の取り付け工事に従事しました。また事故で沈没した潜水艦スコーラスの引き揚げも行っています。

クレーン船として生き残ったキアサージは1941年にクレーン船第1号と改名された後も活動を続け、最終的に除籍されたのは、第2次世界大戦終結から10年もたった1955年のことでした。キアサージは戦艦としてよりも、クレーン船として過ごした時間の方が長かったのです。

*キアサージ(新造時)データ

常備排水量  11,540トン
全長      114.5メートル
最大幅     22メートル
機関出力   10,000馬力
最大速力   15ノット
航続距離   10ノット時5,070海里
主砲      33センチ連装砲2基4門
副砲      20.3センチ連装砲2基4門
         15.2センチ単装砲14基
対水雷艇砲  5.7センチ単装砲20基
魚雷発射管  45センチ発射管4門


楽しい艦船ラジコン!



コンパクトなサイズでありながら、本格的な機能を兼ね備えた、大人のホビーとしてもオススメのラジオコントロール潜水艦です。全長約13cmのマイクロサイズ。艦底のバラストタンク内シリンダーが上下することにより、潜水、浮上!スクリューにより、前後に航行!LEDにより、艦橋、ヘッドライトが点灯!


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2010年06月18日

太平洋戦争時代の様々なウォーシップ「戦艦ウエスト・ヴァージニア」

アメリカの戦艦ウエスト・ヴァージニアは40.6a砲を搭載したコロラド級の戦艦です。日本の真珠湾攻撃により大破したものの、後に復活してレイテ沖海戦で西村艦隊を全滅させました。

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*日本に対抗した主砲

アメリカは、太平洋を挟んで対峙する日本を仮想敵国とした軍備計画を立てていました。特に第1次大戦が終わるころから、日本を最大の脅威と考えるようになりました。こうした背景のもとに1916年、アメリカ海軍が議会に提出したのが、戦艦10隻、巡洋艦6隻を中心とする大艦隊を3年度計画で建造する建造計画です。

3年度計画もしくは計画当時の海軍長官の名前からダニエル・プランとも呼ばれるこの計画で、第1陣として建造されたのが、コロラド級戦艦だったのです。コロラド級戦艦は、従来のテネシー級の発展型として設計されました。

テネシー級では、35.6a3連装砲4基だった主砲が、コロラド級では40.6a連装砲4基に変更されたが、これは当時建造中だった日本の長門型戦艦が、40.6a砲(実際は41a)を装備していることが判明したからです。こうしてコロラド級は、アメリカ海軍初の40.6a砲を搭載した戦艦として誕生しました。


*軍縮条約による建造の危機

1922年のワシントン海軍軍縮条約によって、建造中であったウエスト・ヴァージニアは解体処分になりかけました。しかし日本に戦艦陸奥を保有することを認める代わりに、アメリカは未完成のコロラド級の3隻の内、2隻を完成させることが認められました。本来は最も工事の進んでいなかったウエスト・ヴァージニアが解体されるところでしたが、計画全体を調整するためにそのまま建造が進められました。

1923年12月1日に完成したウエスト・ヴァージニアは、日本海軍に対抗するため、ほかのコロラド級戦艦とともに太平洋艦隊に配備され、1941年12月8日真珠湾攻撃を迎えました。日本軍の奇襲により、7本の魚雷と2発の爆弾を受けて大破し、着低したが、真珠湾は水深が浅いため、最悪の事態は免れました。

翌1942年5月に引き揚げられ、応急修理を受けた後、アメリカ本土に回航されて本格的な修理を受けることになりました。


*新型レーダーの搭載

真珠湾攻撃で受けた損傷を修理の際に、ウエスト・ヴァージニアは徹底的な近代化改造が施されました。主砲と機関は新造時のままでしたが、その他の武装は一新され、副砲と高角砲は全て新型戦艦で採用されていた12.7a連装高角砲に換装されました。

さらに、アメリカ戦艦の特徴だった籠マストと煙突は撤去されて、新型戦艦のようなデザインの艦橋と煙突が装備されました。また、最新型の射撃指揮レーダ−と新型射撃指揮装置も装備されました。

特にレーダーは、最新型のマーク8が採用されました。このとき装備された最新型レーダーが、後の実戦で威力を見せ付けたのです。新型レーダーが真価を発揮したのは、復帰後始めての戦闘となった10月のレイテ沖海戦でした。

上陸支援を主任務とする第7艦隊の戦艦部隊に加わったウエスト・ヴァージニアは、カリフォルニア、テネシーとともに、スリガオ海峡で西村艦隊に、対してレーダーを駆使した猛射撃を浴びせたのです。これは、レーダーが最新型でない同型のメリーランドが、数回しか主砲を撃てなかったのと比べると、大きな違いでした。

この海戦でウエスト・ヴァージニアは、旧式戦艦でもレーダーを駆使すれば、新型戦艦並みの戦いができることを証明したのです。その後、硫黄島や沖縄で上陸支援などの任務を行った同艦は、1947年1月9日に退役し、1959年に除籍解体されました。


ウエスト・ヴァージニア(レイテ沖開戦時)

基準排水量 32,500トン
全長     190.2メートル
最大幅    32.92メートル
機関出力   28,900馬力
最大速力   20.5ノット
航続距離   10ノット時21,100海里
主砲      40.6a連装砲4基8門
高角砲    12.7a連装砲8基16問
対空機銃   40ミリ4連装機銃10基、連装機銃2基、計44挺、20ミリ単装機銃57挺



*様々な艦船模型







posted by シン軍曹 at 23:21| アメリカ戦艦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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