2010年06月18日

太平洋戦争時代の様々なウォーシップ「戦艦ウエスト・ヴァージニア」

アメリカの戦艦ウエスト・ヴァージニアは40.6a砲を搭載したコロラド級の戦艦です。日本の真珠湾攻撃により大破したものの、後に復活してレイテ沖海戦で西村艦隊を全滅させました。

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*日本に対抗した主砲

アメリカは、太平洋を挟んで対峙する日本を仮想敵国とした軍備計画を立てていました。特に第1次大戦が終わるころから、日本を最大の脅威と考えるようになりました。こうした背景のもとに1916年、アメリカ海軍が議会に提出したのが、戦艦10隻、巡洋艦6隻を中心とする大艦隊を3年度計画で建造する建造計画です。

3年度計画もしくは計画当時の海軍長官の名前からダニエル・プランとも呼ばれるこの計画で、第1陣として建造されたのが、コロラド級戦艦だったのです。コロラド級戦艦は、従来のテネシー級の発展型として設計されました。

テネシー級では、35.6a3連装砲4基だった主砲が、コロラド級では40.6a連装砲4基に変更されたが、これは当時建造中だった日本の長門型戦艦が、40.6a砲(実際は41a)を装備していることが判明したからです。こうしてコロラド級は、アメリカ海軍初の40.6a砲を搭載した戦艦として誕生しました。


*軍縮条約による建造の危機

1922年のワシントン海軍軍縮条約によって、建造中であったウエスト・ヴァージニアは解体処分になりかけました。しかし日本に戦艦陸奥を保有することを認める代わりに、アメリカは未完成のコロラド級の3隻の内、2隻を完成させることが認められました。本来は最も工事の進んでいなかったウエスト・ヴァージニアが解体されるところでしたが、計画全体を調整するためにそのまま建造が進められました。

1923年12月1日に完成したウエスト・ヴァージニアは、日本海軍に対抗するため、ほかのコロラド級戦艦とともに太平洋艦隊に配備され、1941年12月8日真珠湾攻撃を迎えました。日本軍の奇襲により、7本の魚雷と2発の爆弾を受けて大破し、着低したが、真珠湾は水深が浅いため、最悪の事態は免れました。

翌1942年5月に引き揚げられ、応急修理を受けた後、アメリカ本土に回航されて本格的な修理を受けることになりました。


*新型レーダーの搭載

真珠湾攻撃で受けた損傷を修理の際に、ウエスト・ヴァージニアは徹底的な近代化改造が施されました。主砲と機関は新造時のままでしたが、その他の武装は一新され、副砲と高角砲は全て新型戦艦で採用されていた12.7a連装高角砲に換装されました。

さらに、アメリカ戦艦の特徴だった籠マストと煙突は撤去されて、新型戦艦のようなデザインの艦橋と煙突が装備されました。また、最新型の射撃指揮レーダ−と新型射撃指揮装置も装備されました。

特にレーダーは、最新型のマーク8が採用されました。このとき装備された最新型レーダーが、後の実戦で威力を見せ付けたのです。新型レーダーが真価を発揮したのは、復帰後始めての戦闘となった10月のレイテ沖海戦でした。

上陸支援を主任務とする第7艦隊の戦艦部隊に加わったウエスト・ヴァージニアは、カリフォルニア、テネシーとともに、スリガオ海峡で西村艦隊に、対してレーダーを駆使した猛射撃を浴びせたのです。これは、レーダーが最新型でない同型のメリーランドが、数回しか主砲を撃てなかったのと比べると、大きな違いでした。

この海戦でウエスト・ヴァージニアは、旧式戦艦でもレーダーを駆使すれば、新型戦艦並みの戦いができることを証明したのです。その後、硫黄島や沖縄で上陸支援などの任務を行った同艦は、1947年1月9日に退役し、1959年に除籍解体されました。


ウエスト・ヴァージニア(レイテ沖開戦時)

基準排水量 32,500トン
全長     190.2メートル
最大幅    32.92メートル
機関出力   28,900馬力
最大速力   20.5ノット
航続距離   10ノット時21,100海里
主砲      40.6a連装砲4基8門
高角砲    12.7a連装砲8基16問
対空機銃   40ミリ4連装機銃10基、連装機銃2基、計44挺、20ミリ単装機銃57挺



*様々な艦船模型







posted by シン軍曹 at 23:21| アメリカ戦艦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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